お侍様 小劇場 extra

    “陽だまりほかほかvv” 〜寵猫抄より
 


昨日まで、しとしとと冷たい雨が降っていて。
落葉樹からはすっかりと葉も落ち、
だが、古い楓はしぶとくも紅蓮の葉を保たせている。
厚みのある濃緑の葉が重なる生け垣には、
赤紫の花々が幾つか。
ああもうこんな時期なんですねと。
覚えはあったが咲いてたことへ、
その兆しへさえ気づかなかったと。
七郎次がその白いお顔へ、
何とも言えぬ甘やかな笑みを浮かべていた。
勘兵衛の執筆中の気散じにだろう、
庭いじりが好きな彼だのに。
堅い蕾が幾つもあったことや、
それが少しづつ膨らんでったの、
こうまで気づかなかったのは、
きっと今年が初めてだろと。
彼の関心をサザンカから奪った張本人、
キャラメル色の毛並みもふわふかな、
モヘアの毛糸玉のような小さな小さな仔猫をお膝に抱え、
居間の陽だまりに座り込んでた彼の人を。
そんな彼自身こそが陽だまりであるかのように、
目許細めて見やった壮年殿だった。



     ◇◇◇



  昨夜まで ちめたい雨こんこが降っていて。
  今日も足元がなんか冷やっこい。
  シチのお膝はぬくぬくだから、
  朝のおしもと済んだよって、
  ぱたた…って駆けてってしがみつく。
  ひょーいって抱え上げてくれたそのまんま、
  お胸へ うにうにってしてたら、
  ネムネムになった。
  いーによいするし、ふかふか、だし……。


 雨が降ってそれが数日にわたると、微妙にご機嫌が悪くなる仔猫様。一丁前にも野性の現れか、木登りや茂みへの隠れんぼなどなど、お庭で遊ぶのも日課に組み込まるよになってからのこっち、それが禁じられるのは面白くないのだろう。冷たい窓ガラスへ、ふかふかな小さな手を張り付けて、出たいなぁ、遊びたいなぁという素振りを見せる小さな背中。家人には仔猫のそれじゃあなくの、五歳くらいの幼児に見えるものだから。白いぽあぽあのフリースにくるまれてこそいるものの、しょんもり下がった細い肩を見やるのは、尚のこと、可哀想でたまらない。

 『何とかしてやりたいけど、こればっかはねぇ。』

 自分や勘兵衛様でも、どうにも出来ないことだからと。おやつの暖かいパンケーキ、
手づからどうぞと食べさせてやりつつ、眉を下げての宥めるしかなくて。それがやっと、今日は陽が射して来たってのに、

 “朝のうちは、私が身動き取れませんでしたしね。”

 勘兵衛が執筆に入ったのでと、PCを使っての資料整理に取り掛かっていた七郎次。一応は同じ居間にいたのへと、いい子にも独り遊びをしちゃあ、ラグの上にて転げて見せたり、少しずつ差し込む広さが増えてく陽だまりを追っかけちゃあ、時折こっちを見上げて、にゃん?と小首を傾げてくれて。さぁて手が空いたと立ち上がって見せたころには、ひとしきりはしゃいだせいで疲れたか。お膝へと乗っかり、どぉれ・どぉだとじゃれたのもひとときのこと。さして間もなく、小さな背中をくるんと丸め、くうすう・すぴすぴ、大人しく眠ってしまったのが ちと歯痒い。

 “今日こそはツリーを出しましょうかと、言ってたんだのにね。”

 いつから飾ればいいものか、ハロウィンが済んでのそれから…キリスト教にはまだ何か行事がありましたっけね。相変わらずのウィキペディア扱い、そんな風に勘兵衛へと訊けば、

 『収穫感謝祭(Thanksgiving-day)というのが11月の第4木曜だが、
  あれはアメリカの行事だからキリスト教に限った話じゃないと思うしの』

 律義に答えてくれはしたが、さて、それじゃあ いつから飾ったものかは判らないと言っており。それで、

 “いつでもいいなら今日にしようねと言ってたんだのにね。”

 覚えていたけど、私が腰を上げなんだので、ま・いっかと諦めたものか。だとすれば、なんてまあまあ聞き分けのいい子だろうかしら。頼りないほど小さな温み、大事に大事に撫でてやり。弱々しい陽がそれでもラグを金色へと塗り替えた、久方ぶりの陽だまりへと身を置いておれば。

 「………あ。」

 刳り貫きになっている廊下からの戸口には、息抜きにか勘兵衛がその姿を見せており。反射的な所作で立ち上がりかかった気配を、いやいや構うなと軽く手を挙げて制したそのまま、すたすたとやって来ての間近へ屈む。

  ―― 作品のほうは?
     うむ、うてなが邪妖の小者を からこうておる段での。

 邪妖退治を請け負う二人と、途中から連れとなった小さな妖猫と。そんな奇妙な仲間らが織り成す、一話完結の幻想時代活劇。掲載されるは来年の二月刊行の月刊誌という、早春のお話を綴っておいでの御主であるらしく。うてなというのは連れの仔猫の名前で、このごろでは人に化けもしたもんだから、ファンの間でも静かに人気を上げつつあるとか。
「また かあいらしい女の子に化けさせたのですか?」
「さての。」
 家人へも内緒だと はぐらかしつつ、すぐの傍らへよいしょと座り込む。未だ身ごなしの軽快なお人ゆえ、そんな動作くらいは全然のまったく大儀そうではないものの。長い御々脚 折り畳みなさる位置が、ラグのない、床へと直にという座りよう。それへと気づき、ああ此処へどうぞと、自分が座していたところ。少しほど身をにじって 七郎次が遠のきかかれば、

 「……………え?」

 素直にその身を寄せて来た勘兵衛ではあったが、そんな接近と同時、ひょいと顎先を捕まえられた。相も変わらず大きな手なので、七郎次の細おもてなぞ、ひょいと掬い上げるのも造作ないことであるらしく。少し乾いて暖かなその感触へ、あれあれ?と気を取られていた七郎次。

 「え? え?」

 ふわりと寄って来た精悍な匂いへハッとしの、あやあやと今度は微妙にたじろぎ。そして、

 「あ……。////////」

 お膝に和子を抱えている女房殿。身動き出来ぬをいいことに…とは言い過ぎだろが、彼もまた咄嗟の身ごなしは卒のない筈が、固まってしまっての動けぬを、そりゃあやすやすと捕まえての接吻へと運ぶ手際の、何ともまあ手慣れておいでなことか。年齢相応に納まり返っておいでの折の、もはや枯れておりますと言わんばかりな、泰然とした落ち着きぶりはどこへやら。ちらと見せた抗いの身じろぎ、感じていつつも強引に押さえ込み。まずは軽やかに触れるだけ。それからそれから、よしよしと宥めるように抱きすくめ、

 「ん……。///////」

 抗いの気配が薄まれば、あとは互いへ酔いしれるだけ。この春に想いが通じ合ってからというもの、それがどこへとどう作用したものか、以前より初々しさが増えもした彼であり。たおやかな肢体が、そこも愛おしい含羞み残し、おずおずと凭れてくるのを取り込みながら。そのお膝にいる小さな住人へも、ちらと眸をやり、手を延べて。小さなお顔を隠してしまう勘兵衛で。案じなくともぐっすりと、眠っているようだけれども。子供にはまだ早いと思うのか、それとも。恋女房への、ある意味 無理強い強いたのへ、多少は罪悪感でも起きての、心遣いというものか。片や、

 「ぁ…。」

 そんな所作のせいでか、微妙に注意が逸れかかるの。自分だけ気が済んでの離れる気配と思うてか。抗っていた筈の七郎次の側からも、剥がれんばかりに薄くなった口吸い、追うようにして添うてきて。

 「…ん。」

 すぐにも陽をおおっての、曇天招く空の下。冬の訪のい、そんな気配も何のその。甘いやさしさ、精悍な頼もしさ、そしてそして可憐な温もりへ。金色の陽だまり、寄り添う陰が、やがては馴染んでの1つになったの見やってか。窓の外では、心許ない裸の枝が、うらやむように揺れていた。








     おまけ


 傍らに腰を下ろしていた相手の肩を、腕を伸ばして抱き寄せる。触れた肩やら二の腕やら、女性のように華奢とまでは言えぬが、それでも自分よりはずんと細身の彼ゆえに。肩を組んでいる図という格好以上に、懐ろの中、収まりよく引き寄せられる身が愛おしい。さすがに昼間ひなかからのこの体勢には、今になって照れも出るものか、お顔を伏せつつ、身じろぎをする恋女房。そんな所作までかあいらしいと、間近になったその身を見降ろしていた勘兵衛だったが、

 「…?」

 家事のためにかそれとも仔猫と遊んでいてか、淡色のプルオーバの袖口がやや引き上げられており。そこから覗いている、すんなりとした手首や前腕の白い肌に、よくよく見れば細い細い引っ掻き傷が。

 「? ああ、これですか?」

 あんまり凝視していたので、彼の側でもさすがに気づいたらしい。浮かせるように手を上げての、苦笑混じりながら…それでもどこか まんざらでもないかのようなお顔をした七郎次。
「さっき久蔵と遊んでいて。」
 このところはちゃんと加減してくれてたんですが、リボンの端と端をそれぞれが掴んでの引っ張りっこになったんで、ムキになってしまったんでしょうね。自分の側へと引き寄せがてら、久々に猫パンチが飛んで来まして。
「あいたたと手を緩めた途端に、あ、いけないって手を放して、飛んで来てくれましたが。」
 ごめんネごめんネということだろう、爪を引っ込めた小さな手で撫で撫でとしてくれて。七郎次にしてみれば、そんな風にいたわりを滲ませた反応をした久蔵だったのが、むしろ嬉しかったと言いたげなお顔をするのだけれど。

 「……。」

 絖絹のように目の詰んだ肌に、小さな赤い線が走っている様は、気づいてしまうと結構悪目立ちする代物。それでなくとも愛おしんでいる肌にと思えば、子供の仕業でも、そして当人は何とも思っていなくとも、勘兵衛にはその痛々しさが気になるらしく。

 「えと…。///////」

 傷を負ったことへと同じほど、自分の宝をどう扱ってくれおるかという。不遜ながらもそんな気持ちにもなったらしい。いかにも怒っておりますというお顔じゃあないものの、やや無表情になったのは機嫌が微妙に傾
(かし)いでいる証拠か。

 “ありゃりゃ…。”

 大の大人が大人げないと思うより、どちらも大事な家族ゆえ、最悪 嫌い合うことのないように。いえ痛くはないんですよと言い足しながら、お膝の上の坊やを撫でる素振りに紛らせ、勘兵衛から視野の外れへ遠ざけようとしたところ。選りにも選って、その手がはっしと捕まった。素早く伸びて掴みかかるよな、逃げるを許さずというような雰囲気じゃあなかったが。堂々とした悠然とした所作だったことが却って…こちらが逃げ腰だったこと、隠しようもなくあからさまにしてしまってて。

 「あの…。///////」

 小さな仔猫へ本気で怒るようなお人じゃあない。実際の話、坊やが何かしら悪戯をしでかしても、それへ勘兵衛が機嫌を損ねたことなんて一度もなかったんじゃあなかろうか。坊やのやんちゃを、咎めたり叱りたいのじゃありませんよねと、思い直した七郎次。手首辺りを掴まれていたが、もはや抗うこともせず引かれるに任せていたところ。その腕、どこまでもと持ち上げた御主が、一体何をしたかと言えば。


  細い引っ掻き傷の散る辺りへと、そおと接吻寄せてくださって


 そこへと負った、深い傷でもあってのいたわるかのように。はたまた、愛おしくてならない存在の感触、どうあっても今すぐにと確かめたくての急くように。伏し目がちになった男臭い横顔も真摯なそのまま、こちらの肌へ口唇触れさせる勘兵衛なのへ、

 「え、あ、あああ、あのあのあの…。////////」
 「七郎次?」

 なめらかな肌の持ち主が、途端のたちまち真っ赤になったのが。これへは何のひねりもなくの、勘兵衛には不思議な反応だったらしく。それこそ“如何したか”との怪訝そうに小首を傾げる。だって、閨で交わすいとなみに比べれば、このようなもの、いい子いい子と撫でるのにも等しい、ただの“慈しみ”ではないか。七郎次の側だとて、仕事の邪魔にならぬかと長々伸ばした髪を束ねてくれる折、柔らかできれいな指先で、首やら耳やらさわさわ触れてくるくせに。シャツの襟が寝ておりますよと、やはり首元や胸元へ、くすぐるように指や手を這わせてきちゃあ、こちらをどぎまぎさせて来たくせに。

 「〜〜〜うにゃ?」

 寝床になってるお兄さんが、妙に動揺しているのが伝わったのか。ここまでは大人しく寝ていた仔猫も起き出して、どしたのどしたの?と小首を傾げて見上げて来ており。


  ――― ほ〜んと、
      一体どうしたことなやらですな。
      いい大人が二人してvv




   〜Fine〜  09.11.22.


  *いい夫婦の日のお話を♪ と、気張った割に、
   まずはの1本目がこんなですいません。
   もう一方の島田さんチのネタもあるにはあるんですけれど、
   今日中にUP出来るかどうかは……微妙です。

めるふぉvvめるふぉ 置きましたvv

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